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ごきげんはうす
アレルギーを持つ子どものママたちは、毎日が心配の連続です。
そんな悩めるママたちに、チームアレルギーのスタッフが、実体験を通して、エールを送るお話です。

【第10話】1人じゃない!

2018/10/16 00:40:03
やっと信頼できるドクターにめぐり会え、
負荷試験を受けるようになった頃、
クリニックで出会った何人かのアレっ子ママたちと
連絡を取り合い、
お互いの家を行き来するようになりました。

その中に栄養士さんがいて、
どんな栄養が必要か、どんな食材が使えるかなど、
私の今まで知らなかったことをたくさん教えてもらいました。

その後、ご主人の転勤などで会えなくなった友人もいますが、
16年以上たった今も、つながりは続いています。

子どもが成長するにしたがい話す内容は変わってきて、
教育のこと、反抗期のこと・・
子育ての悩みは続いていますが、
アレルギーに関わる話は毎回出ます。

アレルギーがあっても、
その中で子どもたちは成長し、
それぞれの世界でがんばっています。

今、除去中の人、食べて症状が出てしまう人、
少しずつ食べさせていても先は長いと感じている人、
いろんな思いをされている方がいらっしゃると思います。

すべてがすぐに解決できることではありませんが、
同じ思いの方は必ずいます。

一人ではありません!

共感できる人がそばにいてくださることを願っています。

【つづく】


【第9話 負荷試験スタート!】

2018/09/05 09:17:55
1歳2カ月になりました。

その頃、
まだ負荷試験という言葉は一般的に知られていなくて、
子どもの体調のいい時に食材を持って受診すれば、
負荷試験を行っていただける状況でした。

始めはお米からでした。
普通のお米を食べたら蕁麻疹がでました。

「ほら、やっぱり出るのよ。私が神経質で、やめているんじゃない、」

と、密かに思いました。

次に、Aカット米。
症状は出ず、しばらくはこれを食べておくように言われました。

ヒスタミンが多いと気になっていたごぼう、れんこん、みかんなど、
たくさんの食材を確認させてもらいました。

ゴムが心配で除去していたバナナでは、アナフィラキシーをおこしました。

「ほらほら、やっぱり出た。」

と症状が出たことで、無駄な除去ではなかったと確認できましたが、
かず君がマーライオンのように全部を嘔吐し、蕁麻疹がからだ中に出て、焦りました。

それでも病院で負荷試験をしていただけることに、とても安心感がありました。


【つづく】

【第8話 アレルギー専門医との出会い】

2018/06/19 06:45:33
和くんの病院探しで悲しい思いをしてしまった私は、
一人で病院へ行く自信を無くしてしまい、
夫に会社を休んでもらって一緒にアレルギー外来を受診しました。

診察を待っている間、
看護師さんが肺機能検査をしているのを見て、

「ここって私が思っていた普通のクリニックとは違う!」

と、感じました。

看護師の私は、
肺機能検査は検査技師さんが行うものだと思っていたからです。

診察室に入り、紹介状を読んだ先生はひと呼吸おいて、

「お母さんはどうしたい?」

と、おっしゃいました。

私は

「この子に、食べられるものを増やしてあげたいのです。」

と答えました。

すると、

「それなら、ここに来て食べさせてみなさい。」

と言われました。


そのあと、
食物アレルギーについて詳しく教えてくださり、

「子どもは一人では育てられない、
社会に出していかないといけない。
一人で食べさせるのが不安なら、
ここに来て食べさせなさい。」

と言ってくださいました。

厳しいことも言われましたが、

『ここでがんばってみよう!』

と、
気持ちがストンとおさまったことを覚えています。

それから1,2か月は、週に2回病院に向かい、
食べさせられなかった野菜・魚・果物などを試させてもらいました。
かなり食事の幅が広がりました。
ほとんどは症状なく食べられましたが、
米、バナナ、大豆、牛乳、卵はしっかり反応がでました。

1歳2か月、先生の指示を守りながら、
決められた量を食べさせることが始まりました。


【つづく】

【第7話】一歳の誕生日を迎えて

2018/04/27 00:01:04
お誕生日の日は、
夫の両親と私の両親を招待し、
家族でお祝いをすることになりました。

かず君には、

鯛を焼いて、茹でたアスパラとブロッコリー、
ケーキはジャガイモとサツマイモを茹でたものを
ケーキに見立て、
MA−1ホイップクリームで飾り付けをして、
ろうそくを立てて、お祝いをしました。

とりあえず症状は出ず、お祝いの会は無事終了。

終始ニコニコして、とてもゴキゲンなかず君を前に、

夫の両親は

「かわいそうに・・」

の言葉ばかり。

食物アレルギーに理解がない義父母の態度が、
私にはとても辛かったことを覚えています。

鯛が大丈夫だったことから、
安心して魚を少しずつ食べさせ始めました。

ひと月くらいたった頃、
便に明らかな血が混じっていることに気がつきました。

かかりつけ医に相談したところ、
それは母乳をあげているせいだと言われ、MA-1を飲ませることしました。

しかし母乳をやめても便に血が混じることが続いたため、
かかりつけ医に電話で状況を告げると、
対応できないから他に行くようにと言われ、困惑しました。

仕方なく予防接種にかかった病院に電話をかけ、
慌てて連れて行きました。

何がどうなっているのかわからず、
不安でいっぱいでした。

点滴をした後、先生から

「とりあえず入院しましょう」

と言われ、初めての入院をすることになりました。

家では、
哺乳瓶や食材の取り扱いから衣類の洗剤にいたるまで、
かなり気をつけていたので、
入院生活は大丈夫だろうかと看護師さんに相談すると

「ふだん、そんなに神経質に育てているの?」

と冷たく言われました。

入院中は食事は無くミルクだけで、
血便はおさまり、2,3日で退院できました。

その時に、紹介されアレルギー専門医と出会いました。

あとでその紹介状に

「神経質なお母さんです」

としっかり記載されていました。

確かにこの頃はかなり神経質だったと思うので仕方ありませんが、
神経質にならざるを得ない状況もあるのです。

「そこを理解して対応していける医療者でありたい!」と、
看護師である私は強く思いました。

【つづく】


【第6話】栄養とれてる?

2018/03/29 08:49:26
生後11か月になりました。
体重が増え、つかまり立ち、伝え歩きと成長は順調でした。
なん語も増えて、絵本を読む時間を多く持つようにしました。

朝起きて、ご飯を食べ、昼ご飯を食べてお昼寝、おやつを食べて、
公園に行って、晩ご飯を食べ、お風呂に入って寝る・・・
1日のリズムもでき、病気もすることなく、
元気で過ごしてくれていました。

食物アレルギーをもつお友達との交流も多く、
除去食の生活にも少しずつ慣れてきました。

この頃よく作った離乳食は、
葛きりを使ってうどん風にしたものや、
野菜たっぷりにおじや、
ニンジンやブロッコリーのスティック野菜など、
シンプルなものばかりでした。

今のように携帯電話がカメラ付きではない時代でしたので、
離乳食の写真はありません。
「デジカメでも、撮っておけばよかった」と思いますが、
毎日の笑顔の写真を撮ることの方が忙しく、
それが何より楽しい時間でした。

とはいえ、

「体は大きくなっているものの、栄養的には大丈夫だろうか?」

と心配にはなっていました。

タンパク質はほぼ摂取できていないままでしたし、
1歳のお誕生日も近づいてきて、
お祝いをするのもどうしようかと悩み始めていました。

【つづく】

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